立身流の歴史 |
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立身流が創始されたのは室町時代末期です. 流祖は,永正年間(1504-1520)に活躍した伊予の国の武将,立身三京.安心立命の境地を求めて妻山大明神に祈念し,大悟して一流を興したと伝えられています. 江戸期に入ると,立身流は堀田家と行動を共にするようになりました.堀田藩の刀術五流のうちの一つとして藩士の多くが学ぶようになり,現在まで続く活動の礎が築かれました.新年の行事「抜初式(ぬきぞめしき)」には藩主が列席することが常であったと伝えられています.抜初式は現在も行われています. 幕末の動乱期には立身流の剣士が京都に赴き,他藩士とも剣を交えたと伝えられています. 明治時代には逸見宗助,半澤成恒らの名だたる剣客を輩出しました.逸見宗助は警視庁に撃剣世話掛として奉職しました.警視流の剣術,柔術に当流の「巻落(まきおとし)」「柄搦(つかがらみ)」の形が採用されているのはこの時代の名残です. また,同じ時代に活躍した著名人として,福沢諭吉をあげることができます.福沢諭吉の出身は九州の中津藩(現大分県)でした.中津藩には立身流の系統である立身新流が伝わっており,福澤諭吉も立身新流を嗜んでいました.福澤諭吉が晩年まで稽古を続けていたことが福翁自伝に記されています. 太平洋戦争後もいちはやく稽古を再開し,千葉県指定無形文化財に指定されています.現在ではオーストラリア,スペイン等にも支部を開設するなど,海外にも活動の範囲を広げています. 改訂:平成24年4月11日
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